マニラ(フィリピン)を訪れて考えたこと

旅の話

東南アジアと聞くとどんなことを想像されますか?

  • 治安が悪い
  • 貧困が蔓延している
  • ゴミ山がある
  • 至るところから異臭がする
    etc……

これ以外にも様々なマイナスな想像が巡るはずです。

実際、自分の周りに『フィリピンのマニラに行く』と話した際にも、『危ないよ』という声が掛かりました。

実際に治安に関しては外務省も実際にも危険情報が出されています。
(2017年時点ではマニラはレベル1:十分注意してください。この時期はイスラム過激派がミンダナオ島を拠点化した時期で、南部はレベル3:渡航中止勧告)

自分も行く前は『少し不安……』なんて思ってましたが、大丈夫でした。
最初から飛行機で隣になった知らない人について行ったり……
飛行機で隣の人について行くと……: https://isseiec.com/followstranger

この記事では自分が直接関わったフィリピン、マニラの現地の子供達について書いてみます。

普段からボランティアをしている

突然ですが自分は普段からボランティアをしています。
ボランティアの内容は子供の貧困を助ける関連のものです。
今やっているのは経済的に恵まれない家庭の子供に勉強を教えるといったものです。

このボランティアを始めた理由は2つ。

  1. もともと自分が子供好きだったこと
  2. アメリカでの経験

アメリカに行ったばかりの頃は英語を学ぶため、英語を使う機会を増やすという名目で様々なボランティアをやりました。
ボランティアをしていた中でアメリカの移民/難民問題を少なからず見ました。

  • 親と離れ離れになった子
  • もしくは戦争によって国、家族、中には手足をなくしてアメリカに来た難民の子

子供は大人とは違い自分で行動できる範囲は極端に限られます。
それに対して少しでも自分が力になれたらという思いで日本に帰ってからも子供を助ける関連のボランティアを続けています。

実際のマニラはこんな感じ

日本のメディアではゴミ山などに住んでいる人がピックアップされることが多いです。
しかし、貧困の問題はゴミ山のみならず、ただ都市部をを歩いているだけでも多数目に付きます。

  • 路上で物乞いをやっている
  • 時には信号待ちの車に近づいて窓を叩いて施しを乞う
  • ジープ(乗り合いバス)にお金を払わずに乗り込み、お金を集めるための便箋を乗客に渡し回収する
  • 昼間からボロボロな格好の小さな子が路上の日陰で寝ている。

これらのことを小学校低学年ぐらいの見た目の子達がやっています。
普段から子供と関わることが多いため一層複雑な心境でした。

マニラの集落へ

今回は初めての海外旅行でしたが、マニラの集落を訪れる機会がありました。
Meetupというアプリでたまたまに知り合いになった日本人。
彼に案内してもらいマニラの”集落”(とその人は呼んでいた)にいる子達と会いました。

集落までの道のりはこのような狭い道が蜘蛛の巣のように広がっています。

案内している彼曰く、

  • そこに住んでいる子たちは最低限住む家がある
  • 町にいる物乞いの子供たちよりもいくらか経済的にはまし
  • 住んでいる人が皆兄弟、姉妹、従妹など家族が多く距離感もかなり近い
  • 妊婦と子供の数が多い

しばらく歩くと開けた場所に出ました。
(心の中で白い町と呼んでいた)
つい先日火事が発生し集落の半分近くが焼けて立て直しをしたために白いらしいです。
そこで何をやっていたかというと……

ただ子供と遊んでいただけです。

フリスビー、スケートボード、バランスボール(座ったりするでかいやつ!)を持って行く。
すると子供達が寄ってきて遊んだり、時には取り合いになったりします。
中には英語で話しかけてくれる子もいます。

手を合わせるのが日本のポーズ!

環境が悪いから不幸というわけではない

どうしようもない状況というものはあると思います。
特に子供にとってその環境から抜け出すことは非常に困難です。

  • 日本の貧困の子達
  • アメリカへ移民して問題を抱えた子達
  • フィリピンの集落の子達

自分はこれらぐらいしか知りませんが、彼らは別に常に暗い顔しているわけではありません。
冗談を言ったり、笑ったりもします。
環境は違えど、私たちとそれほど大差はないのです。

ただより多くの人に正しく知ってもらうこと

これがとても重要なことです。
日本人にとってはこの問題もフィクション、架空の話と何も変わりはません。

まず”問題がある”と知っている人を増やす。
すると”行動をする”人がその中の一部から出てきます。
知っている人、行動する人が周りに知らせることで更にこのサイクルは加速していきます。

より良い社会のために直接アプローチできる人はそれほど多くはありません。
しかし現状を正しく認識し、それを広げていくこともより良い社会を作る上で大切なプロセスです。